Ableton and Max Community Japan #051「Max for Liveで解放する ChatGPTとの音楽制作」 出演:Taito Otani

この人の音を聴きたい/この人の話を聞きたい vol. 1〜奏でる人/話す人: marucoporoporo 聴く人/聞く人: 八木皓平

20240713(土)
0720(土)
02:08:28:01

イベント情報

出演者
  • marucoporoporo
  • 八木皓平
開催概要

極上のサウンドを響かせることで知られる御茶ノ水RITTOR BASEが新シリーズを開始します。気鋭の音楽評論家をホストに据え、彼/彼女が今一番ライブを観たいアーティストを選び、じっくりとそのサウンドを聴き、さらにその背景について公開インタビューを行う、題して「この人の音を聴きたい/この人の話を聞きたい」。記念すべき第一回は、ポストクラシカルやエレクトロニック・ミューックをはじめジャンルを問わず健筆を奮う八木皓平氏が、今一番会いたいアーティスト=marucoporoporoを迎えて行います。

 

今、marucoporoporoの音を聴きたい/話を聞きたい理由 by八木皓平

ここで書くのはmarucoporoporoのバイオグラフィーではなく、ぼくがmarucoporoporoの音楽とどのような触れ合いを持ってきて、今どのように捉えているのか、といった内容になっている。だから所々で記憶が曖昧な部分もあるし、marucoporoporoについての網羅的な文章にはなっていない。ただ、今回開催されるライブに対しての期待を綴るには、こういうリアルな肌感を伝えるフォーマットが一番合っているような気がした。だからそのつもりで、ほんのすこしのあいだ、お付き合いいただきたい。

音楽に限らないが、日々、様々なアートに接しているなかで、リアルタイムで新しい才能に出会うことは、最良の出来事のひとつだ。他の誰もが持ちうるわけではない、輝ける何かを持っている、ほんの一握りのアーティストと遭遇すること。それはふらりと立ち寄ったライブハウスで出会うのかもしれないし、ネットサーフィンの最中に出会うのかもしれない。ぼくの記憶では、marucoporoporoの音楽に初めて出会ったのはTwitter(そう、当時はXではなかった)でその固有名詞を見かけた時だったと思う。たしか音楽評論家の高橋健太郎さんのツイートだ。彼のツイートに誘われるがままに、彼女のHPのリンクを踏んで、そこから聴こえてくる音楽に耳を澄ませたのが、ファーストコンタクトだったはずだ。2017年の暮れのことだから、もう6年以上前の話だ。サクッと一聴した時は、ああ、この音楽家はチェックしなければいけない才能を持った人だ。もうすぐ1st EPが出るみたいだから楽しみだな、といった印象だったと思う。たしか聴けたのは、EPの一部の音源だったはずだ。そのときのぼくは、まだmarucoporoporoの真価に気づいていなかった。十分な期待を持ってEPのリリースを待っていたが、その期待を遥かに越える出会いがそこにあるとは思ってもいなかった。


In her dream

2018年の頭に、とうとう耳にしたmarucoporoporoの1st EP『In her dream』から受けた衝撃を、ぼくは忘れることができない。エレクトロニクスを絡めたフォーキーなサウンドを奏でていたその様から、今となっては懐かしい言葉である「アルゼンチン音響派」の中心的存在、フアナ・モリーナを連想したし、そのソングライティングやピアノの弾き語りからは時折ジョニ・ミッチェルの影がよぎる瞬間があり、デビュー当初からの破格の存在感という意味では青葉市子が脳裏をかすめた。その後、インタビューか特集記事で、彼女がフロレンシア・ルイスやアントニオ・ロウレイロが好きだという話を目にし、大いに頷かされたものだ。また、荘厳なストリングスをバックに歌い上げるところは、例えばシガー・ロスあたりを思わせる北欧的な佇まいを感じ、EPのリリース元である〈kilk records〉らしさがそこにはあった。そういった何重にも折り重なった音楽的文脈が、一切の難解さを伴わず、すべての音があるべき場所に収まり、無駄な音がなにひとつない、崇高な美しさを放っていた。冷ややかであるようで、どこかチャーミングな暖かさもあり、モダンなエレクトロニクスをスパイスにしながら、クラシックなポップ・ミュージックとしての威厳もある。そんな射程の広さを持ち合わせてはいるが、サウンドの印象が散漫にならず、marucoporoporoという固有名詞にすべてが集約/統率され、リスナーの心を打ちぬくような、そんな魅力が、彼女の音楽にはあった。凄まじい才能を持ったSSWが現れたなと思ったし、その後に聴けるであろう、彼女のデビュー・フルアルバムのリリースが楽しみでならなかった。

しかし、彼女のデビュー・フルアルバム『Conceive the Sea』が我々のもとに届いたのは、『In her dream』から6年以上の時間が経った2024年5月のことだった。先行曲「Conceive the Sea」を4月の終わりに聴いたのが、アルバムがリリースされることを知るきっかけだった。「Conceive the Sea」を聴くまでは、ぼくはmarucoporoporoの存在をすっかり忘れていた。どんな才能といえども、6年以上、片時も忘れることなく待ち続ける、というのはなかなか難しいものだ。もっといえば、6年以上前にあれだけ興奮させられたことを覚えているのもあり、新曲を聴くのがすこし怖くもあった。かつて心底惚れた音楽家が、短くない時を経て、久々に聴く新曲が微妙なものだったら、それはなかなか辛いものだから。だが、その心配は杞憂だった。新曲「Conceive the Sea」は、数年前に感じた、あの興奮を思い出させてくれた。いや、それ以上の興奮をぼくに与えてくれた。その才能は鈍るばかりか、より一層輝きを放って、またぼくらの前に現れてくれた。そして、素晴らしいことにアルバム『Conceive the Sea』はそんなぼくらの期待以上の作品だった。


Conceive the Sea

冒頭の「Conceive the Sea」~「Cycle of Love」の流れで、アコースティック・ギターの響きと電子音が混ざりながら、音のレイヤーの中に立ちあらわれる彼女の声が柔らかく、波打つように繰り返され、一気に深いアンビエント・サウンドの海に誘われてゆく。『In her dream』ではまだ世界に顔を覗かせたばかりだったmarucoporoporoが、『Conceive the Sea』では深いエモーションを掘り起こすように、より一層緻密なサウンド・メイキングで、パーソナルな質感を残しながらも圧倒的なスケールで音を提示し、表現者として一皮むけたような、成熟した姿を見せてくれる。長年の音楽的探求の成果がしっかりとあらわれていることを冒頭2曲で見事に示して見せた。シンセサイザーのアブストラクトな音色がドリーミーな空間を創り出し、リスナーを白昼夢に放り出すような「From a Distance」で底なし沼のような『Conceive the Sea』の世界観にズブズブと入り込んでいったかと思えば、「Double Helix」ではボイス/ボーカルに様々なエフェクトをかけ、エディット/コラージュすることで、彼女にとっての声が一つの楽器であることを生々しく示す。「Core」の美しいアコースティック・ギターに耳を引き付けられていると、胎動する地響きのような低音が聴こえてくる。『Conceive the Sea』が羊水や海がテーマとなっていることをここで思い起こされる。これは心臓の音なのだろうか。そんなことを考えながら時間は流れていく。ボイス/ボーカルのセミドローンのイントロが印象的な「Tubulin」は、シンセサイザーをはじめとした様々な音色が交差してゆき、曲の半分を過ぎたくらいで静寂が訪れる。そこに点描的に落とされる電子音が、どこか不穏で、物悲し気だ。そこから、「As I Am」の明瞭なアコースティック・ギターで地上に引き上げられるような感覚になる。『Conceive the Sea』で最もボーカルメロディが目立つ楽曲といえるだろう。深海から陸に向かって浮上するような、海中から淡く揺れる青空を見上げるような、そんな感覚に陥る。ここまで聴いて、『Conceive the Sea』は海の底に潜っていき、そして浮上していくという一つの流れがあるように思えた。もちろんこれはただの妄想のようなものだが、それだけ本作は映像喚起的であり、一貫した物語性のあるトータル・アルバムであるような印象すらもった。最後の曲が「Reminiscence」=回想であることも示唆的だ。これまで本作を通して歩んできた道のりを最後に回想するような楽曲に思えてくる。深く深く潜ってゆき、そしてそこから戻ってきた自分を試みるような。それはもちろん、テーマである海=羊水=生と死の狭間であることと繋がっている。そしてまた、物語は冒頭の「Conceive the Sea」に戻っていくのだろう。

そんな傑作デビュー・アルバム『Conceive the Sea』を引っさげて、marucoporoporoが御茶ノ水RITTOR BASEでライブパフォーマンスを行う。この素晴らしい音響を誇る親密なスペースで、新しい彼女の姿を目撃することができるのだ。もうすでにいくつかの場所でライブを行っているから、彼女も『Conceive the Sea』の楽曲を含んだレパートリーに手応えを感じているのではないだろうか。やはりアコースティック・ギターとシンセサイザーが主軸になり、作品のディープな世界観を表現することになるのだろうか。『In her dream』の楽曲は演奏してくれるのだろうか。その場合、やはり『Conceive the Sea』以降のサウンドにブラッシュアップされているのだろうか。様々な期待と妄想が膨らむ。まぁなんにせよ、ぼくたちはいよいよ、彼女の喉が震えるさまを、爪弾くギターの音を目撃することになる。この貴重な機会を逃すことのないよう、会場に足を運んでいただきたく思うし、それが適わない人はぜひ配信で体感していただきたい。

<開催概要>
開催日時:2024年7月13日 (土) 14:00 – (ライブ①、公開インタビュー、ライブ②の3部構成を予定)
出演:marucoporoporo、タキナオ(VJ)、八木皓平
会場参加券(30名限定):4,400円 (税込)
オンライン視聴券:1,100円 (税込)
*いずれのチケットでも2024年7月20日23時までアーカイブ視聴が可能です。
*開場は開演15分前。入場はチケットの整理番号順になります。

出演者プロフィール
  • marucoporoporo
    愛知県在住の音楽家。アコースティック・ギターを兄から譲り受けたことをきっかけに作曲を始める。当時流行していたベッドルーム・ミュージックやノイズ、南米音楽などに影響を受けて、録音からサウンド・プロセス、ミックスにいたるまで自身で手掛けるように。感情に深く対峙し、心の内を探求しながら生まれる新たな自己は歌へと宿り、不確かな他者へのまなざし、あらゆる日常の光景は彼女のインスピレーションとなって、映像を喚起させる美しい旋律として息づいている。2018年、1st EP『In her dream』と、秩父の廃村でフィールドレコーディングされたカセット『Ruin』をリリース。2024年FLAUと契約し、ファーストアルバム『Conceive the Sea』をリリース。ライブでは、ピアノや変則チューニングのアコースティックギターを奏でながらも、うすくたなびく音のレイヤーに包み込まれるような音像を体験できる。
  • 八木皓平
    音楽批評家。ラグビー愛好家。 原稿執筆等のご依頼については下記メールアドレスかDMでお願い します。北海道安平町追分出身。千葉県袖ケ浦市在住。 lovesydbarrett80@gmail.com

これから開催するイベント

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