極上のサウンドを響かせることで知られる御茶ノ水RITTOR BASEが昨年から開始した新シリーズ「この人の音を聴きたい/この人の話を聞きたい」。気鋭の音楽評論家をホストに据え、彼/彼女が今一番ライブを観たいアーティストを選び、じっくりとそのサウンドを聴き、さらにその背景について公開インタビューを行います。二回目となる今回は、ポストクラシカルやエレクトロニック・ミューックをはじめジャンルを問わず健筆を奮う八木皓平氏が、今一番ライブを観たいアーティスト=篠田ミルを迎えて行います。
今、篠田ミルの音を聴きたい/話を聞きたい理由 by八木皓平
音楽家としての篠田ミルと向き合ってみたいと感じたのは、<by this river>で彼のパフォーマンスを目にした時だった。このイベントは、神奈川県のオートキャンプ場「DAICHI silent river」で、昨年開催されたオールナイトイベントだ。<by this river>の詳細については、下記の2つの記事を読んでいただきたい。
(バリエーションを見つめて──フェスでもレイヴでもない没入型音楽イベント<by this river>の妙味を松永拓馬と篠田ミルに訊く | Qetic)
(純然たる非日常──3人のライターが見つめた没入型音楽イベント<by this river>の音風景 | Qetic)
音楽と自然が等価に存在するようなユニークなイベントであり、去年『Epoch』をリリースした松永拓馬と、同作でプロデュース、ミックスに携わった篠田ミルは中心メンバーだ。ぼくは松永拓馬『Epoch』~〈by this river〉以前の篠田ミルについては、yahyelのメンバーとして、そしてコロナ禍で、文化施設をはじめとした店舗が営業自粛を徹底するために、政府から店舗への金銭的な支援を求めて活動を展開していた#SaveOurSpaceの発起人として、名前を知っていたのみだ。
yahyelの音楽は新作がリリースされるたびに耳にしているし、#SaveOurSpaceの活動もSNSでシェアしたことが何度かあった。ただ、正直に言えば、それらの活動において篠田ミルという存在が決定的なものとしては映っていなかった。単純に、yahyelや#SaveOurSpaceという固有名詞が大きく見えていたのだ。
〈by this river〉での篠田ミルのパフォーマンスは、彼に対するそんな印象を吹き飛ばすような、堂々たるものだった。(純然たる非日常──3人のライターが見つめた没入型音楽イベント<by this river>の音風景 | Qetic)でも書いたが、彼がその夜に響かせたエレクトロニック・ミュージックは、2000年代におけるハードコアな電子音響~エレクトロニカや2010年代周辺のインダストリアル・テクノ的なものを存分に含んだ、エクスペリメンタルなものだったことが大きい。前半、ライティングは最小限におさえながら、ダークなアンビエント・サウンドの中で、切り裂くようにハイで鳴り響く電子音を聴いたとき、彼が欧米のエクスペリメンタル・ミュージックの系譜を身体化していると確信できた。後半では、一転してバキバキに輝くライティングの中、アップリフトなビート・ミュージックでオーディエンスを揺らせる展開になり、その構成にも興奮させられた。yahyelや#SaveOurSpaceから、ぼくが抽出することができなかった篠田ミルがそこにはいた。RITTOR BASEに篠田ミルを呼んで、彼のパフォーマンスを聴き、話を聞きたいと思ったのは、この〈by this river〉での体験が直接的な理由だ。
ぼくは篠田ミルについて何も知らなかった。というわけで、彼個人の音楽活動をリサーチしてみたところ、目を引いたのはラッパーRinsagaの『Saga』(2022年)と、言わずと知れた紅白出演シンガーのMay J.の『Silver Lining』(2021年)だ。
『Saga』Rinsaga
『Silver Lining』May J.
この2つの作品に共通しているのは、やはり前述した電子音響~エレクトロニカを中心としたエクスペリメンタルなエレクトロニック・ミュージックの影響を受けつつ、USメインストリームをはじめとした洋楽の影響をサウンドに還元しているところだろう。『Saga』はいわゆるトラップ~ドリル的なサウンドよりも、例えばclipping.的なエクスペリメンタル・ヒップホップや、リル・ピープ的なエモ・ラップの要素が聴きとれる。『Silver Lining』では、カバーソングの歌姫という印象が強かったMay.Jのイメージを良い意味で裏切るような、ダークでアグレッシヴなサウンドが目立ち、篠田ミル自身はこのコラボレーションをザ・ウィークエンドとワン・オートリックス・ポイント・ネヴァーや、チャーリーXCXとA.G.クックを意識していたという旨の発言をしており、メインストリームでエクスペリメンタルなサウンドを響かせることを強く意識していたことが、当時の彼自身の言葉やサウンドの節々から見て取れる。加えて、直近の松永拓馬『Epoch』では、より電子音響~エレクトロニカにフォーカスした痕跡が見られ、そのオルタナティヴな姿勢はある種の一貫性を持っていることがリスナーに伝わってくる。
『Epoch』松永拓馬
篠田ミルの足跡をつまみ食いしながら、様々なことを考えたが、気になったことが2点ある。1点目は、リスナーとしての彼の音楽遍歴についてだ。リスナーとしての彼と、音楽家としての彼が不可分であることは、彼の音楽を聴いてみれば明らかだ。今回は篠田ミルの音楽的なバックグラウンドをじっくり語ってもらう良い機会だと思っている。
2点目は、彼の音楽活動は基本的にyahyelの一員もしくは誰かとのコラボレーションという形であり、ほぼソロ活動ではなかった。だが、彼の音楽を追っているうちに、ぼくはもっと彼のエゴイスティックな部分を聴きたくなった。誰かとともにあるのではなく、彼自身が屹立しているような音楽に触れてみたくなったのだ。<by this river>でぼくが興奮したのは、彼自身とリンクできた気がしたからだろう。だから、彼がひとりであることと、誰かとともに活動することの関係性やその切り分けについても聞いてみたいと思う。
篠田ミルは音楽を作るだけではなく、音楽が響く環境を意識する音楽家だということも重要に思える。#SaveOurSpaceはコロナ禍で音楽が鳴る場所が減っていくことへの危機感からはじまっている部分があるだろうし、〈by this river〉は音楽と自然がどのような関係性に置かれたときにユニークな環境として立ち上がってくるのか、という問いを含有した音楽イベントだった。前者はポリティカルなムーヴメントとして機能したという側面がある一方で、後者は実験的なエンターテイメントという趣があり、一見対称的に見える部分があるが、どちらも音楽と大衆の交差点に関わる環境に着目したものだった。このように自分たちが活動する環境に配慮し、時に働きかけようとする彼の音楽家としての在り方がどのような考えから来ているのか、ということについても彼自身に問いかけてみたいところだ。そういった篠田ミルの特徴は、当初は音楽と環境の在り方を再定義することをモチベーションとして作られた音楽ジャンルであるアンビエント・ミュージックから多くを学んできた(であろう)ことと無関係ではないように思える。イベント名「by this river」は、アンビエント・ミュージックの創始者であるブライアン・イーノの楽曲だ。自分が親しんできた音楽からの影響が、音楽に対してだけではなく、自分を取り巻く環境にまで作用しているのではないだろうか。これは単なる推測にすぎないが、その辺りについても確認したい。
なんにせよ、多方面で活躍しているにも関わらず、どこか掴みどころがないようにも思える、篠田ミルというひとりの音楽家に、ぼくはとても興味を持った。今、どんな音楽を鳴らすのか、どんな言葉を紡ぐのか、そして自分という音楽家をどのように捉えているのか。それを聴ける/聞ける機会が訪れたことを嬉しく思う。yahyelで、#SaveOurSpaceで、〈by this river〉で、そしてその他の活動で篠田ミルを知った人々に、この機会を共有できれば幸いだ。もちろん、ここでいくつか挙げた問いの他にも、彼に聞きたいテーマはいくつかある。篠田ミルの音楽を聴いて産まれてくる問いもあるだろう。その問いはイベントを鑑賞する方々と分かち合いたいから、ここには書かずに会場で彼に直接投げかけることにする。
<開催概要>
開催日時:2025年2月8日 (土) 14:00 –
出演:篠田ミル、八木皓平
会場参加券(30名限定):4,400円 (税込)
オンライン視聴券:1,100円 (税込)
*いずれのチケットでも2025年2月15日23時までアーカイブ視聴が可能です。
*開場は開演15分前。入場はチケットの整理番号順になります。