アンバランスさも含みながら寄り添っていく、ふたりだけの空間の自然なふくらみ
ボケとは。主に漫才などで、話を脱線させるようなとぼけた意見を述べ、そこにツッコミが正論で茶々を入れ、ワッと笑いが生まれる。そのとぼけ役のことをボケという。
「お互いキャラ的にボケだから、ツッコミがいないとボケ対ボケの回になってしまう」と猪野秀史は苦笑した。そのMCを聞いて、あらためて「ボケ」の定義を考えてみたのだった。
ミュージシャン猪野秀史(鮮やかな金髪に!)が、注目しているプレイヤーを迎えて行ってきた〈THE SESSION at RITTOR BASE〉第7回。ゲストは、かねてより共演が待ち望まれていた角銅真実。ソロ活動だけでなく、石若駿、西田修大とのSongbook trio、2016年以来続けているceroのサポート(パーカッション/コーラス)や、舞台音楽など多方面で才能をのびのびと発揮している角銅。猪野の歌とフェンダー・ローズに対して、彼女は歌とギター、小さな鉄琴で向かい合う。ちなみに猪野とは九州出身というつながりもある。
確かに、二人の会話は思いつきまかせで先が読めない。たどたどしくなって照れ笑いをしたり、言葉と言葉の隙間も多い。だけど、それをボケ同士と言ってしまうのはちょっと惜しい。互いの音楽キャラクターとも決して不可分ではないその会話は、スムースではなくてもちゃんとスイングはして、心地よい空気を作り出しているからだ。
そもそもボケという言葉は話すふたりの関係性(ボケ対ツッコミ)から生まれるべきもので、お互いにボケだったら、それはもはやボケじゃなくて、新しい何かだ。たぶん、それは「内気なアマノジャク」みたいなもの。なんて名前をつけたらいいか考えながら、しばし配信の画面を見つめた。
向かい合うふたりの間をさえぎるものはない。この日のためにお互いのやりたい曲の音源やデモは共有していたが、顔を合わせてのリハーサルは一度もしていないという。ぶっつけ本番。だが「相手を食ってやるぞ」と感じるような殺気はない。歳の少し離れた兄妹が「ねえ、どっちに行くの?」「そんなのこっちもわかんないよ」と言いながら道を歩いている感じに近い。正解はない。でも、本当に迷ってしまいそうになっても、きっとこの道なら楽しいとお互いに知っている。
考えてみれば、今回に限らず、猪野秀史のセッションはそういう道行になる局面が少なくない。黙ってクールにしてればいいのに話すと自分の地(ボケ)が出てしまうと猪野は苦笑しながら言うが、その隠せない持ち味がむしろこの〈THE SESSION〉の見どころだ。猪野さんがそう来るならこちらもついていきますよ、と面白がってくれるゲストをいつも呼んでいる。
この日がボケ同士のセッションだとふたりが自覚して言うのなら、それは「音楽がどう脱線してもあなたについていきますよ」という宣言でもある。それを特に感じたのは、2曲目の「PERSPECTIVE」(YMOの坂本龍一楽曲カヴァー)、3曲目の「Lullaby」(角銅真実楽曲)を経て緊張が徐々にほぐれ、空想のアジアへと意識が旅に出る「蘇州夜曲」(服部良一楽曲)あたりからだ。ふたりの音の重なり、声の重なりは、決して綿密に計算されたハーモニーではなく、むしろ不協和音的なアンバランスさも含みながら寄り添っていくもの。最初から合わなくても、最終的には同じ場所に辿り着く。自分のテンポを崩さない自由な音の歩き方が、ふたりだけの空間の自然なふくらみになる。
角銅の「Meu coracao」の終盤、は、この夜のハイライトのひとつ。ポルトガル語で「私の心」という意味の曲名だが、日本語の「目を凝らそう」に似ているのだ。ふたりが今“目を凝らして”いるもの、“目を凝らして”見えてきたものをふたりが即興で言葉にし合う。風の音、蛍光灯の光、君の心、僕の心、春の匂い、車の音、過ぎた日々、今この時、寝ぐせの髪、洋服のシワ、出てこない(苦笑)、あー出てこない(苦笑)、ウォーリーを探せ、みんなシマシマ、朝のドラマ、ヒロインたちの行方、私の声、あなたの声、誰かの声……。すべてが流暢にやりとりされていなくても、その見えてきた何か、見えないけれどそこにある何かが、閉じた闇をうっすらと照らす灯りになる。猪野の歌う「かなわぬ想い」に、茨木のりこの詩を角銅が添えた瞬間にも、そんな光を感じた。
隠し立てのないふたりのやりとりを聴いていたら、なぜかじわっと目が熱くなってしまった。これがもしかして「魔法」ってことなのか。ボケとは「内気なアマノジャク」だと書いたけど、アマノジャクは漢字で書けば「天邪鬼」。天の鬼も、誰かの心を外に羽ばたかせて、周りを幸せにできることのできる魔法使いにいつかはなれるのかもしれない。今夜のふたりの音と言葉のやりとりに、そんな可能性を夢見ている自分がいた。
ラストはRCサクセションの「夜の散歩をしないかね」を猪野が歌う。角銅の声がここでもやさしく寄り添う。あの曲のオリジナルでは、清志郎の淋しくてちぎれそうな歌に、本当に小さな音量で女の子の話し言葉が重なっている。そのことをひさしぶりに思い出した。
セッションを終えて、ふたりは夜の散歩に出かけるようにスタジオを後にしたけど、この音楽と魔法には、アルバムとかツアーみたいに目に見えるものだけじゃない続きがまだまだいくらでもありそうだ
フェンダーローズの名手として知られるキーボーディストINO hidefumi(猪野秀史)がホストとなり、御茶ノ水 RITTOR BASEから行う配信ライブシリーズ=“INO hidefumi THE SESSION”。ハマ・オカモト(OKAMOTO’S)、鈴木茂、ゴンドウトモヒコ、高野寛、藤原ヒロシ、曽我部恵一に続き、7回目となる今回はゲストに角銅真実を招き3月30日に開催します!
二人の出会いは、2019年に角銅が参加しているceroが主催するイベント“Traffic”にINO hidefumiバンドが呼ばれたとき。その際、実は角銅がINOの「魔法」という曲を自身のライブでカバーしていることを知り、親交を温めてきました。今回のライブはそんな二人の満を持しての初共演。それぞれの持ち曲や意外なカバー曲を、定評あるRITTOR BASEの映像・音響システムを生かした極上のストリーミング配信でお届けします。
もちろん、毎回好評のコラボTシャツも用意しています。視聴券とセットのお得な価格設定となっていますので、ぜひお求めください!
<INO hidefumi THE SESSION vol.7 featuring 角銅真実>
開催日時:2022年3月30日 (水) 20:00- (演奏は1時間強を予定。アーカイブは2022年4月6日23時まで視聴可能)ストリーミング視聴券:2,200円
Tシャツ付ストリーミング視聴券:5,500円
*Tシャツの発送は2022年4月中旬以降を予定しております。
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